※今回はいろいろ語りたいことが多くて、ストーリーの最後のほうまでネタバレしています。ご注意ください。
今回紹介するコミックは 「ISLANDS」。
脚本はAshly Burch氏、絵はDiigii Daguna氏が担当しています。
Ashly Burch氏はアニメ本編のスタッフでもあり、ミニシリーズ「island」編のストーリー製作にも関わった人物です。そんなアニメ版のスタッフが参加している本作のストーリーは、ウー大陸を離れた人間たちのその後を描いた作品となっています。
シーズン7の「Stakes」では、ヴァンパイアの脅威から逃れるため、トムをリーダーとする人間たちはウー大陸を離れ巨大船に乗って外海に旅立っていきましたが、その後シーズン8の「Island」には「始祖様の島(Founder's Island)」という場所が登場し、ウー大陸を離れたトム達は遠くの島に入植しており、無事に人間たちの都市を築きあげていたことが明らかになりました。
「始祖様の島」はそこで暮らす人々に安全で豊かな生活を提供するその一方で、島から脱出することは決して許されず、島に近づく者・島から出ようとするものを問答無用で攻撃する恐ろしいロボットの番人が海に配置されているという、きわめて閉鎖的な世界でもありました。
この島が出来上がるまでに、はたしてどんなことがあったのか、その謎の空白を埋めるひとつのピースになっているのが本作です。
物語は、船から始まります。ウー大陸を出発した人々の船は、新天地を目指して洋上を進んでいました。船には大勢の人が乗っており、リーダーのトムと、そしてうさ耳の帽子をかぶったジョーという少女がいました(ジョーは、アニメにも名前不明のキャラとして登場しており、本作で初めて名前が明らかになりました)。
今まで人々を守ってくれたマーセリンはもうおらず、不安な気持ちからか、ジョーは大蛇にとりまかれる悪夢にうなされたりしています。人の良いトムはジョーのことをよく気にかけ、楽器を演奏したりしてジョーを元気づけます。
航海中のある日、半魚人のモンスターが船を襲撃し、人々は武器をとってモンスターを追い払っていきますが、ジョーが誤って海に落ち、あわやモンスターに捕まりそうになったところをなんとか救助されます。マーセリンから水泳を教わっていたのが幸いして助かったものの、不安な気持ちがさらに増すジョー。
モンスターの襲撃によって、大人たちにも不安が広がっていました。今後に備えて軍隊よろしく1日8時間、射撃訓練やトレーニングに費やすべきとトムに意見する人も出てきますが、トムはそれをなだめます。
ジョーはウー大陸でマーセリンと過ごした時間を思い返していました。「ナイトベリー」を摘みにいってふざけあい、現れたヴァンパイアをマーセリンが頼もしく追い払ってくれたあの夜のこと…。
そんな長い船上生活の末、船はついにどこかの島へとたどり着き、人々は喜びます。
島には既に別の人間たちのグループがいましたが、争いになることもなく、食べ物を分け合って打ち解けることができました。さらに、この島には脅威となるヴァンパイアが住んでいないこともわかります。
トムはリーダーシップを発揮し、今後は皆で力を合わせてここに新しい家を建てていこうと宣言します。ようやく落ち着ける場所に来ることができて、人々はささやかな宴会で楽しく盛り上がりますが、ジョーだけは相変わらず不安な気持ちが消えないのでした…。
それからしばらくの歳月が流れ、島は開拓が進んで立派な町が完成し、そして今や動物の帽子をかぶっている人間はジョー1人だけになっていました(※この動物型の帽子は元々ヴァンパイアの牙から首を防御するために被っていたものであり、島にはヴァンパイアがいないので、他の人はもう被らなくなっていたわけです)。1人だけ帽子をいつまでも脱ごうとしないジョーは悪ガキたちにからかわれて追い回されますが、どうしても帽子を脱ぎたくないのでした。
悪ガキに追われていたジョーはトムによって助けられ、島の探検へと誘われます。ジョーはあまり乗り気ではなかったものの探検に同行しますが、森で見かけた巨大鳥をつい大きな声で刺激してしまい、鳥にさらわれてトム達からはぐれてしまいます。
真っ暗でどこかもわからない森の中にたった一人で遭難し、どうしようもなく心細い状況のジョー。森でナイトベリーの実を見つけ、マーセリンのことを思います。「マーセリンならどうする…?」…するとジョーの傍にマーセリンの幻影が現れます。
「えーと…あんたはどうしたいの?」
「家に帰りたい。トムに会いたい」
「家はどっちなの?」
「知らないよ!自分がどこにいるのかだってわかんない!」
「簡単に調べる方法があるよ」
マーセリンの幻影から教えられ、高い木に登ってあたりを見渡したジョーは、町の風車を遠くに見つけ、帰るべき方向を知ることができました。しかし帰る道のりの困難を想像して心がくじけてしまい、またマーセリンの幻影がジョーを励まします。
「絶対うまくいきっこないよ…」
「あんた、最後までをすっとばし過ぎだよ。この仕事は一度に一歩ずつ進めなきゃならないんだ。良いニュースはね、あんたはもう難しいパートはもう終わらせてるってこと」
「わたしが?」
「うん。あんたは最初の一歩を踏み出したんだよ」「一歩ずつ行くんだ…」
トムたちのいる町に帰ろうと、ジョーは長い旅を始めます。木の実や魚を採って食べ、森の小動物たちと触れ合い、自然の洞窟で雨をしのぎ、自力で火をおこすことを学び…サバイバル生活のなかでジョーはたくましく強く成長していきます。
いよいよ明日は町に帰れるという晩、ジョーは心を悩ましていた大蛇の幻影を克服し、マーセリンの幻影と最後の言葉を交わします。
「ねえ、マーシー?」
「ん?」
「私、またあなたに会えるかな?」「ほら、”私の頭の外”で…?」
マーセリンの幻影は、ジョーの顔を指でそっと触れると、姿が見えなくなりました。
夜が明けて、ジョーが久しぶりに町に帰ってくると、様子が以前と違っていました。人々はまた昔のように動物の帽子をかぶっていて、町の外では大きな人形のようなものを建設するために人々が働いており、あの人の良かったトムは皆を働かせるため大声を張り上げていました。
思いがけないジョーの帰還に人々は驚き、待望の再会を果たしたジョーとトムは抱き合います。
トムはジョーがいなくなってからのことを語り出します。あの日、ジョーが鳥にさらわれてしまったことでトムは自分を責め、もう誰も失いたくないという思いを固くしていました。そして自分たちを守り、島中を回って脅威を叩く「番人(gurdian)」を建造して、この地を独占しようと計画を進めていたのでした。
陽気で落ち着いたかつての姿はもはやなく、トムの振舞いには狂気すら感じられ、ジョーはそんなトムにたいして異を唱えます。
「トム…そんなことはできないよ」
「なんでダメなんだ?」
「だって、そんな…そんなこと間違ってるよ!私は間違ってた。ここは怖くないよ。ベリーをくれる小さなネズミ、美しい小川、話のわかる蛇もいるんだ。それって本当に本当に素敵なんだよ!火の起こし方を教えてあげるよ!」
「君はどこにも行かないんだ。誰一人として…。私たちはここにいるんだよ。もう誰も失うつもりはない!」
「でも、あなたは私を失わなかった…」
ジョーは町へは帰らないで、また森に戻ることに決めます。ジョーの考えに同意した何人かの人々はトムの元を離れ、ジョーと共にいく道を選びます。
トムの前にはジョーのあの帽子が残され、トムは行かないでくれとジョーの名前を呼び続けるのでした…。
(あらすじおわり)
最初に述べたように、本作はアニメ版のスタッフでもあるAshly Burch氏が関わっており、本作の内容はアニメ版の公式な設定と考えられているようです。私としてもこれはアニメ版と設定を同じくする物語だろうと受け止めています。アニメでは描かれなかった空白を埋めてくれる物語というのは、やはり惹かれる題材ですね。
しかし読む前は予想もしていなかった切ない結末で…うーむ、トムとうさ耳少女に、あの後こんな物語があったとは…。
「始祖様の島」がフィンたちの時代に至るまでにどんな歴史があったのか気になっていたのですが、島を守る「番人」はトムの時代から既に建造が始まっていたことになります。フィンたちの時代のあの巨大ロボットの姿にたどり着くまで、数度のモデルチェンジがあったのでしょう。
物語はトムとジョーの離別の場面で終わっていますが、この後のことを想像すると両者がすんなり別れられたのかも疑問が残ります。平静を失ったトムが力づくでジョーたちを連れ戻したとしても、不思議ではない気がするんですよね。フィンたちの時代には、島からの脱出は「捕らえる者(seekers)」によって全力で阻まれる体制が出来上がっていましたが、その制度もこのトムの時代から始まっていたんじゃないかと思っています。それもこれも、仲間を失いたくないというトムの気持ちがきっかけになったというのがまた切ないです。理性的で人の良いおじさんだったトムが最後には狂気じみた顔つきに変わってしまっているのがまた悲しくて恐ろしく…。
大蛇のイメージに象徴される、外の世界への恐怖におびえていたジョーが、サバイバル生活のなかで生活力を培い不安を克服していった一方、逆にトムたち町の人々が外の世界へ進出することを恐れて閉鎖的な社会に向かってしまったのは皮肉です。
島にヴァンパイアがいないことを教えられても、ジョーが帽子を脱ぐことができなかったのは、帽子をかぶることがそのままの機能以上に不安を軽減する役割を果たしていたからなのでしょう。とはいえ一度脱いだ帽子をトムたちがまた被りだしているのは不思議な気がしますが、これも全員が不安におびえているためというより、過剰に不安に陥ったトムが皆に被るよう強制していると考えたほうが腑に落ちる気がします。ジョーのほうは逆に帽子を最後には脱ぎ捨てていくのが対照的でした。動物の帽子をかぶることは「始祖様の島」の住人たちにずっと引き継がれ、主人公フィンのトレードマークへとつながっていくことになります。もっともフィンやミネルバの時代には、ヴァンパイアの牙を防ぐため、という元々の機能はもう忘れられているのでしょうね。
トムとジョーの関係を見ていると、ミネルバとフィンが重なります。自分と一緒に島の中で安全に暮らすことを望んだミネルバと、外の世界に帰ろうとしたフィン、これは本作でのトムとジョーの関係と非常に近いものです。しかしトムとジョーが不本意に袂を分かつ結果になったのとは違って、フィンとミネルバは最終的に和解に達し、さらに閉鎖的な島のシステムは撤廃されることになります。ジョーの時代には閉じてしまった社会が、フィンの時代にまた開かれる。トムとジョーが、ミネルバとフィンの関係に似ているのは、意図的な対比なのだと思います。
また、剣を担いだジョーの姿がフィンを思わせるんですよね(もっと言うとジョーはうさ耳の女の子なんでフィンよかフィオナのほうにもっと似ていたり)。森で地に足のついた生き方を選んだジョーの一族の末裔がフィンなのか、あるいはフィンの過去世のひとつがジョーなのかもしれないと想像が膨らみました。ジョーがフィンの過去世か祖先とすると、1000年後フィンとマーセリンの出会いがまた感動的に思えてきます。まあ、そんなはっきりした血縁関係でなかったとしても、あの時マーセリンが命をかけて人間たちを助けた結果として始祖様の島が築かれ、巡り巡ってフィンが誕生したのだという事実だけで十分感動的なのですけど。
マーセリンは本作においてジョーの回想か心の幻影としてしか登場しませんが、ジョーを導く良き友として大きな存在感がありました。これを読んだあとにアニメの「かわらないもの、かわるもの」を見直すと、また感慨深いものがあります。
今回、フィンとかジェイクとかマーセリンといったメインキャラは直接出てこず、本編ではいたって脇役でしかないトムやジョーたちの物語であるというのが、また良いと思ったんですよね。アドベンチャータイムの世界はフィンやジェイクたちばかりのものではなく、それぞれの時代・それぞれの人々に同じくらい大事な物語が存在するんだと思えるからです。
本作はストーリーももちろんのこと、Diigii Daguna氏の絵もまたとても良かったです。アニメ本編とはまた趣が異なるラフな画風なのですが、キャラクターが生き生きとしていてかわいらしく、親しみやすくて良い絵だなと思います。特に最後のりりしく変わったジョーの顔つきが強く印象に残りました。
ちなみに本作、最後が「The End...?」となっていて、気になる終わり方をしてるんですよね…。とはいえ、いまのところ続刊はないようです。