ふるやの森

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【アドベンチャータイム】ヴァンパイアハンター時代のマーセリンを描いたコミック「THE MOON - ECLIPSE」

アドベンチャータイムのコミックで日本語版が出版されているのはごく一部で、他にも沢山の作品があります。

今回紹介するのはそうした未邦訳コミックのひとつ「THE MOON - ECLIPSE」。

『ADVENTURE TIME : SUGARY SHORTS』というアドベンチャータイムの短編コミック選集の『Volume Five』に収録されています(※おそらく本作は当初『Adventure Time 2015 Spoooktacular』として発表されていて、再録される際に『THE MOON - ECLIPSE』というタイトルが付けられたみたいです)


この「THE MOON - ECLIPSE」は、アニメ版のミニシリーズ「stakes」でも描かれたマーセリンの過去編・孤独なヴァンパイアハンター時代を題材にしています。こういうコミックはアニメ版とは独立したアナザーストーリーであることが多いのですが、本作はやや異例で、アニメ版と正式に繋がるストーリーらしいです。

それでこの作品、とにかく絵が素晴らしい。とても気に入りました。

強弱のついたくっきりした線ではなく、細い線によるややラフなタッチで描かれており、柔らかで暖かみのある絵柄です。コミック作品はアニメ版と画風の差異が大きかったりすることも多いのですが、本作はキャラクターの描き方や表情のつけ方もアニメ版のイメージそのままで、違和感がありません。それもそのはず、このコミックはアニメ版のストーリーボード製作スタッフであるHanna K. Nyström氏が執筆しているんですね。

Nyström氏はアニメ版のシーズン7頃から参加しているスタッフで、最終回のあの印象的なキスシーンを手掛けた人物でもあります。描かれる絵がかわいらしくて上手。一コマ一コマが絵として完成されていて、とても魅力的です。

ストーリーはと言えば、吸血鬼フールを倒した後の、マーセリンがトムたちとまだ出会っていない時期が舞台のようです。

シュワブルとともにヴァンパイア退治の旅を続けているマーセリンは、かつてサイモンと共に過ごした思い出の土地を訪れていました。

『ADVENTURE TIME : SUGARY SHORTS Volume Five』より

サイモンといた日々を懐かしく思い出すマーセリンでしたが、謎の球体が地面に落ちていたり、何者かの気配を感じたり、なにやらこの土地は雰囲気が怪しい…。

やがて大雨が降り出し、雨をしのげる場所に入って休むことに。マーセリンはなんだか気落ちして、シュワブル相手に呟きます。

「なんであたしたちはここに来たんだろう?捨てられた幸せな思い出を、すべて蘇らせるために? そんなの本当に馬鹿げてる。ねえ、あたし何をしてるんだろう?ここにいるべきじゃないよ、シュワブル」

「ヴァンパイアを追うべきだったんだ…幽霊じゃない...」

『ADVENTURE TIME : SUGARY SHORTS Volume Five』より

翌朝、食べ物を探していたマーセリンが食糧庫を見つけてこじ開けると、中からヴァンパイアの群れが出現、しかし日光を浴びてすぐ消滅してしまいます。

たくさん食料が手に入って喜ぶマーセリンの前に、人間たちが現れて武器を突きつけます。彼らはこの土地にやってきたマーセリンのことをずっと監視しており、これまでの怪しい気配の正体は彼らでした。

『ADVENTURE TIME : SUGARY SHORTS Volume Five』より 

リーダーは、マーセリンがヴァンパイアではないが別の異形の存在であることを察していました。ヴァンパイアから食糧庫を解放してくれたことを感謝しつつも、仲間として受け入れる気はなく、自分たちを追ってこないようにとマーセリンに言いつけます。

しかし、この土地にはヴァンパイアのボスがいるという子供の言葉を聞き逃さなかったマーセリン。ヴァンパイアの情報を得るため、追いかけてくるなという言いつけに逆らって後を追い、人間たちの居住地へとたどり着きます。

子供たちは大人と違ってフレンドリーで、マーセリンはツイッギーという少女と仲良くなります。ツイッギーによれば、この土地はヴァンパイアの領土であり、人々は夜の間はヴァンパイアから見つからないよう、隠れ家に身を潜めてやり過ごしていると言います。

その夜、マーセリンは吸血鬼を探して山を巡りますがその姿を見つけることができず、居住地に戻ってツイッギーと再会したところ、ヴァンパイアの眷属たちが出現!マーセリンの動向は逆に相手に補足されており、不覚にもヴァンパイアたちを隠れ家まで案内してしまったのでした。

『ADVENTURE TIME : SUGARY SHORTS Volume Five』より

破れかぶれにヴァンパイアの群れに突撃するマーセリンでしたが、敵の多勢に抑え付けられ窮地に。その時ツイッギーがピクルスのニンニク漬けを投げつけてくれたことでヴァンパイアたちは退散、マーセリンは九死に一生を得たものの、無鉄砲なマーセリンの行動をツイッギーは叱ります。

「あなたがヴァンパイアに捕まったら、だれがシュワブルの世話をするのよ!ねえ?そのこと考えたことあるの?」

『ADVENTURE TIME : SUGARY SHORTS Volume Five』より

マーセリンのせいで隠れ家がヴァンパイアたちに突き止められてしまったため、人々は別の土地へ移動しなければならなくなります。自分たちには近づかないように頼んだのに…とリーダーから非難されるマーセリン。ツイッギーからは、私たちと一緒に行かない?と誘われるものの、その申し出を断って、再びシュワブルとともにヴァンパイアを探しに出ます。

『ADVENTURE TIME : SUGARY SHORTS Volume Five』より

そうして森を探索すると、謎の球体がまた地面に落ちているのを見つけます。この球はヴァンパイアに関わるものかも…?と想像するマーセリンの目線の先には、怪しい小屋が。

そして、小屋のなかでマーセリンが出遭ったものは…。

(あらすじここまで)

『ADVENTURE TIME : SUGARY SHORTS Volume Five』より

長さは30ページほどで短編と言えるボリュームですが、内容はじつに濃密です。

マーセリンの心情が丁寧に描写されていて、優しいタッチで描かれるしっとりと情緒的な物語に浸ることができました。いつものアドベンチャータイムらしいシュールなコメディ路線とは一線を画した、リアルな情感がマーセリンの過去編の良さですね。

サイモンが去って、ハンソンとも別れ、シュワブルとたった二人だけでヴァンパイア退治の旅を歩んでいるマーセリンの寂しげな姿にはなんとも心動かされてしまいます。マーセリンがサイモンのことを忘れようにも忘れられず、ずっと想い続けているのがやるせない…。

そんなマーセリンの旅にも、一期一会の出会いがあって、少しの間ながら人々と心を通わす瞬間が印象的に描かれます。マーセリンを怖がることなく迎え入れてくれようとするツイッギーとの交流には心がほっこりします(とはいえ深い関係にはならず、すぐに別れることになるのがまた切ない)。

マーセリンに厳しい態度を崩さないリーダーが、それでも「ツナはとっておけ」と缶詰を譲ってくれるところなんて、ほろっと来るシーンです。

『ADVENTURE TIME : SUGARY SHORTS Volume Five』より

また、本作では犬のシュワブルがマーセリンの良き相棒として存在感を発揮していて、ツイッギーたちに構われたり、マーセリンの側を離れずついて回ったりする様子が実にかわいらしいです。アニメではほとんどわからなかったマーセリンとシュワブルの絆がしっかり描かれており、タンタンとスノーウィーみたいなこの関係はやっぱりアニメのほうでも描いて欲しかったですね。

そして、後半に〇〇〇が登場してくるのが本作の重要なところアニメの「Stakes」では「過去のマーセリンは〇〇〇〇〇や〇〇〇と戦った時、どうやって勝ったのか?」というのが描かれておらず不明な部分でしたが、本作では〇〇〇との対決がクライマックスであり、謎の一端が明らかになっています。バトルも熱い展開で、ラストの読後感は爽やかです。「Stakes」を見終わった人には是非読んでほしい…。

絵も素晴らしく魅力的で、短編として完成度も高く、マーセリンの過去を補完する一編として多くの人に読まれて欲しい作品なのですが、例によってあんまり手軽に入手できる本ではないのが残念なところです。